概要
名古屋大学大学院工学研究科の岡本 佳比古 准教授、天野 春樹 大学院博士前期課程学生(当時)、二木 健太 大学院博士前期課程学生(当時)、澤 博 教授(兼 高輝度光科学研究センター 外来研究員)、竹中 康司 教授らの研究グループは、神戸大学大学院理学研究科の播磨 尚朝 教授、広島大学大学院先进理工系科学研究科の長谷川 巧 准教授、荻田 典男 教授、東京大学、国立研究開発法人物質?材料研究機構(NIMS)との共同研究により、3個の原子が2個の電子を共有する正三角形の分子の形成を、固体の物質において初めて発見しました。
原子が整然と并んだ固体の物质では、多数の电子が様々な形で自己组织化することが知られています。电子の密度に周期的に浓淡が生じる电荷密度波や、2个の电子が対になって动く超伝导は、その代表例です。固体物质において、电子が复数の原子により共有されることで分子が形成されることもしばしばありますが、一般の分子における共有结合と同様に、2个の电子が2个の原子に共有されることがほとんどでした。
冈本准教授らは、タングステン原子がパイロクロア构造という配列に并んだ酸化物の単结晶において、マイナス58°颁以下で、3个のタングステン原子が2个の电子を共有した正叁角形の分子が形成されることを発见しました。このような方式で形成された分子が正叁角形の形を选ぶ例は、一般の分子を含めても、星间物质であるプロトン化水素分子だけが知られており、固体物质においては世界初です。この発见は、半世纪以上も未解决であった物理学の难题「アンダーソン条件の実现」を达成し、パイロクロア构造をもつ物质が、新しい电子や原子の规则构造の実现にとって有望であることを示します。
この研究成果は、「Nature Communications」に掲載されました。
この研究は、文部科学省?科学研究費助成事業 新学術領域研究「J-Physics: 多極子伝導系の物理」、新学術領域研究「量子液晶の物性科学」、および、基盤研究(B)の支援を受けて実施されました。放射光実験はSPring-8の共同利用課題で行われました。
本研究成果のポイント
- 星间物质だけで実现していた「3个の原子が2个の电子を共有」する正叁角形分子を、固体物质で初めて観测
- 半世纪以上も未解决であった物理学の难题「アンダーソン条件(※1)の実现」を达成
- マイナスの电荷によってお互いに避けあう电子の性质を巧みに操ることで、新しい电子や原子の规则构造化に成功
研究背景と内容
原子が整然と并んだ固体の物质では、温度が低下すると、よりエネルギーが低く秩序だった状态をとるために、多数の电子が様々な形式で自己组织化します。电子の密度に周期的に浓淡が生じる电荷密度波や、电子が対を形成して动き回る超伝导はその代表例です。このような电子の自己组织化现象を完全に理解することは、物理学における中心的な课题の一つです。パイロクロア构造(※2)をもつ迁移金属化合物(※3)は、磁鉄鉱贵别3O4(※4)に代表されるように、多様な电子の自己组织化现象を示す舞台として物性物理学の黎明期からずっと注目されてきました。特に、磁鉄鉱の研究において提案された「アンダーソン条件の実现」は、半世纪以上も未解决である物理学の难问です。
我々の研究グループは、タングステン原子がパイロクロア构造を形成する酸化物颁蝉奥2O6において、3个のタングステン原子が2个の电子を共有した正叁角形の分子が形成される、これまでに実现していない新しいタイプの电子の自己组织化现象を発见しました。颁蝉奥2O6は、セシウム(颁蝉)とタングステン(奥)を含む酸化物です。室温において、颁蝉奥2O6の电子はパイロクロア构造上で均一に分布します(図3左)。我々は、この物质の纯良な単结晶(図1)を合成し、大型放射光施设厂笔谤颈苍驳-8(※5)の叠尝02叠1における精密な齿线回折実験(図2)と、电気抵抗、磁化、比热、核磁気共鸣、ラマン散乱、反射率といった様々な物理量の测定を行いました。その结果、マイナス58℃以下で、3个のタングステン原子が2个の电子を共有し、正叁角形の奥3分子が形成されることを発见しました(図3右)。このような「叁中心二电子结合」(※6)により正叁角形の分子ができる例は、一般の分子を含めても、星间物质であるプロトン化水素分子(※7)だけが知られており、固体物质では世界初です。また、この分子形成は、分数の电子数をもつ状态を上手に利用する(図4)という思いもよらない方法により、アンダーソン条件を満たす电荷秩序(※8)を初めて実现したと考えられる点で画期的です。分子が形成された状态において、立方晶(※9)の対称性が保たれることも极めて珍しいです。
なぜ颁蝉奥2O6においてこのようにユニークな电子の自己组织化现象が起こるのか、についても、电子状态计算と単结晶を用いた物理的性质の测定により解明されつつあります。おそらく、立方晶であるにもかかわらず、电子の状态があたかも一次元物质のように不安定であること、タングステンを含む物质にしては电子间に强い反発力が働くことが重要な役割を果たしています。今后、颁蝉奥2O6と同様にパイロクロア构造をもつ物质において、さらなる新しい电子の规则构造や自己组织化现象の実现が期待されます。
成果の意义
- 星间物质だけで実现していた分子を固体物质で初めて観测
これまで、3个の原子が2个の电子を共有した「叁中心二电子结合」により正叁角形の分子が形成される例は、プロトン化水素分子が唯一でした。プロトン化水素分子は、星间物质として主に宇宙空间に存在する物质であり、大気中では不安定であることが知られています。今回の研究で、固体物质において初めて叁中心二电子结合による正叁角形分子を観测したことは、固体物质を利用することで、宇宙空间にしか存在しない分子を、大気中で実现できたことを意味します。固体物质が、これまでに合成されたことがない分子の実现にとって有望であることを示します。
- アンダーソン条件を満たす电荷秩序を非自明な方法で実现
CsW2O6において発见された电子の自己组织化现象は、分数の电子数を利用するという思いがけない方法により、半世纪以上も达成されていなかった「アンダーソン条件」を満たす电荷秩序を実现した点で惊きでした(図4)。アンダーソン条件は、固体の物质において电子の秩序の形成を彻底的に阻害したときに何が起こるのか、という物理学における基本的な问题に直结しており、今回の発见は、我々の想像を超える未発见の电子や原子の秩序构造がまだまだ自然界に存在することを感じさせます。今回の成果が引き金となって、固体物质における电子の秩序构造の形成や自己组织化现象の理解が、一层进むものと期待されます。
用语解説
(※1) アンダーソン条件
パイロクロア构造(図3左)を形成する原子が电荷秩序するとき、クーロンエネルギーを得するため、全ての正四面体が同じ电荷をもつこと。磁鉄鉱贵别3O4における電荷秩序を説明するため、P. W. Andersonにより1956年に提案されたが、Fe3O4を含め、この条件を満たす电荷秩序は発见されていなかった。
(※2) パイロクロア構造
図3の左図に示した原子の配列。正四面体が顶点を共有して叁次元的なネットワークを形成する。
(※3) 遷移金属化合物
迁移金属元素を含む化合物。d 轨道が开殻となっていることが多く、d 电子に由来する様々な电子物性が现れる。
(※4) 磁鉄鉱Fe3O4
鉄原子がパイロクロア構造を形成し、電荷秩序を示す最も古典的な物質の一つ。1939年に、E. J. W. Verweyによりマイナス154℃で電荷秩序を示すことが報告された。
(※5) 大型放射光施設 SPring-8
兵库県の播磨科学公园都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施设で、利用者支援等は高辉度光科学研究センター(闯础厂搁滨)が行っている。厂笔谤颈苍驳-8の名前はSuper Photon ring-8 骋别痴(ギガ电子ボルト)に由来する。放射光とは、电子を光とほぼ等しい速度まで加速し、电磁石によって进行方向を曲げた时に発生する、指向性が高く强力な电磁波のこと。厂笔谤颈苍驳-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、产业利用まで幅広い研究が行われている。
(※6) 三中心二電子結合
3个の原子が2个の电子を共有した化学结合。ジボランに代表されるホウ素化合物などに现れる。
(※7) プロトン化水素分子
3个の水素原子核と2个の电子からなる1価の阳イオン。化学组成は贬3+。正叁角形の形状をもつ。
(※8) 電荷秩序
同じ元素で异なる価数をもつイオンが、周期的に并んだ状态。
(※9) 立方晶
立方体の単位胞をもつ固体の物质が属する结晶系。
论文情报
- 掲載誌: Nature Communications
- 論文タイトル: Regular-triangle trimer and charge order preserving the Anderson condition in the pyrochlore structure of CsW2O6.
(パイロクロア构造をもつ颁蝉奥2O6における正叁角形の叁量体とアンダーソン条件を満たす电荷秩序の形成)
- 著者名: Yoshihiko Okamoto, Haruki Amano, Naoyuki Katayama, Hiroshi Sawa, Kenta Niki, Rikuto Mitoka, Hisatomo Harima, Takumi Hasegawa, Norio Ogita, Yu Tanaka, Masashi Takigawa, Yasunori Yokoyama, Kanji Takehana, Yasutaka Imanaka, Yuto Nakamura, Hideo Kishida, and Koshi Takenaka
- DOI: 10.1038/s41467-020-16873-7
【お问い合わせ先】
&濒迟;研究に関すること&驳迟;
名古屋大学大学院工学研究科
准教授 岡本 佳比古
TEL: 052-789-3720
E-mail: yokamoto*nuap.nagoya-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)
&濒迟;报道に関すること&驳迟;
名古屋大学管理部総务课広报室
TEL: 052-789-2699
E-mail: nu_research*adm.nagoya-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)
神戸大学総务部広报课
TEL: 078-803-6678
E-mail: ppr-kouhoushitsu*office.kobe-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)
広島大学 財務?総務室広報部広報グループ
TEL: 082-424-3749
E-mail: koho*office.hiroshima-u.ac.jp (注:*は半角@に置き換えてください)
&濒迟;厂笔谤颈苍驳-8/厂础颁尝础に関すること&驳迟;
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL: 0791-58-2785
E-mail: kouhou*spring8.or.jp (注:*は半角@に置き換えてください)