研究のポイント
- スロー地震が発生するプレート境界の高温高圧環境を室内で再現し、高流体圧条件下で岩石中に「fault-fracture mesh構造」と呼ばれる多数の破壊面からなるネットワークが形成されることを発見。
- プレート境界断層を構成していた蛇紋岩中に、実験で確認されたものと同じfault-fracture mesh構造が存在すること、さらに鉱物の析出により破壊による隙間が埋められていたことを確認。
- 蛇纹岩の破壊と鉱物析出の繰り返しがスロー地震の周期的な発生を説明することを世界で初めて地质学的に里付け、スロー地震の発生メカニズム解明に向けた重要な手がかりを示した。
概要
沉み込み帯で発生する「スロー地震(注1)」は、通常の地震と异なり、数日から数ヶ月という长い时间をかけて断层が滑る现象です。こうしたスロー地震の発生には、従来の地震とは异なるメカニズムが関与していると考えられていますが、その详细については明らかになっていませんでした。 静岡大学理学部の平内健一准教授、同大学大学院総合科学技術研究科の永田有里奈さん(研究当時)、広島大学大学院先進理工系科学研究科の岡崎啓史准教授(研究当時:海洋研究開発機構?研究員)らの研究グループは、西南日本の沈み込み帯で頻繁に観測されているスロー地震の一種「Episodic Tremor and Slip (ETS)」に注目し、その仕組みを明らかにするため、室内実験および野外調査による研究を実施しました。 研究グループは、ETSの発生が深さ約30 kmのプレート境界断層付近に存在する蛇紋岩(注2)と、そこに供給される高圧状態の流体と密接な関係があることに着目しました。実験では、圧力容器内にこの環境を再現し、蛇紋岩が高い流体圧を受けると、多数の破壊面がネットワーク状に広がる「fault-fracture mesh構造(注3)」を形成することを明らかにしました。また、四国の三波川帯に露出する蛇紋岩体の地質調査からも、実験と同じくfault-fracture mesh構造が繰り返し形成されていたことを確認しました。さらに、流体から新たに蛇紋石が析出し、破壊によりできた隙間を埋めていました。この現象は、「断層バルブ挙動(注4)」と呼ばれるもので、スロー地震の周期性を説明する重要な地质学的証拠となります。 本研究の成果は、贰罢厂が蛇纹岩の断层バルブ挙动によって周期的に発生するという仮説を初めて実験的かつ地质学的に里付けました。この成果により、スロー地震の発生メカニズム解明が进展し、将来的にスロー地震の予测向上や地震防灾対策への活用が期待されます。 本研究成果は、Springer Nature社の発行する英国科学雑誌「Communications Earth & Environment」に2025年3月5日に掲載されました。 |
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背景
沈み込み帯のプレート境界断層では、テクトニック微動、低周波地震、スロースリップイベントなど、異なる時間スケールでゆっくり発生するスロー地震が観測されています。西南日本の沈み込み帯では、Episodic Tremor and Slip (ETS)と呼ばれる、数ヶ月から数年の周期で微動とスロースリップイベントが同時に発生する現象が知られており、通常の地震が起きる領域のさらに深い場所で発生しています。この領域では、沈み込んだ海洋プレートから放出される大量の水(流体)がプレート境界断層に供給されることで、「高流体圧」という特異な環境が形成されていると考えられています(図1上段)。
近年の地球物理観测研究では、贰罢厂が起きるときに断层が破壊されることで、流体圧が一时的に减少するという现象が捉えられました(図1下段)。地球物理学者は、この流体圧の変化を「断层バルブモデル」を用いて説明しています。このモデルでは、断层が破壊されて生じた隙间(亀裂)に新たな鉱物が析出することで、再び流体圧が上昇し、それが次の破壊(地震)を引き起こすという周期的なメカニズムを想定しています。
図1.西南日本沉み込み帯の模式断面図.スロー地震の一种であるEpisodic Tremor & Slip (ETS)の発生前后でプレート境界断层付近の流体圧変化が起こる.LFE:低周波地震.SSE:スロースリップイベント.
ETSが起きる領域は「蛇紋岩」と呼ばれる岩石で構成されていると考えられています。蛇紋岩はマントルを構成する「かんらん岩」が水と反応してできる岩石で、力学的に弱い性質をもっています。そのため、蛇紋岩とETSには何らかの関連性があると考えられてきましたが、高流体圧下で実際に蛇紋岩がどのように振る舞うのか、その具体的なメカニズムは明らかではありませんでした。そこで本研究では、ETS発生域の環境(圧力1 GPa、温度500 °C、深さ約30 kmに相当)を再現した実験を行い、蛇紋岩の破壊と鉱物析出を繰り返す現象が本当にETSの発生サイクルと関連しているのかどうかを検証しました。
成果
本実験では、グリッグス型固体圧式装置を使用し、蛇紋岩試料に水を加えて実際のプレート境界深部の環境を再現しました。また、加える水の量を系統的に変化させることで、流体圧を制御することに成功しました。その結果、流体圧が増加するにつれて、蛇紋岩の破壊様式が変化することを明らかにしました。特に、非常に高い流体圧条件では、岩石全体にわたって網目状の亀裂(fault-fracture mesh構造)が形成されました(図2A)。
図2.蛇纹岩中に発达するfault-fracture mesh构造.(A)実験后の试料の电子顕微镜写真.(B)四国叁波川帯?富郷蛇纹岩体の露头写真.(C)fault-fracture mesh构造形成时の応力场を表した図.σ1:最大主応力轴.σ3:最大主応力轴.
また、四国の三波川帯に分布する白亜紀の地質体には、深部スロー地震発生域に相当する環境下で形成された「過去のプレート境界断層」が露出しています。この地域の蛇紋岩を対象とした地質調査からも、fault-fracture mesh構造が地質学的な時間スケールで繰り返し形成されていたことがわかりました(図2B)。さらに、亀裂には新たに蛇紋石が析出して隙間を埋めていました。このことは、断層が破壊と鉱物析出を繰り返してきたという証拠であり、「断層バルブ挙動」の地質学的な痕跡であると考えられます。
これらの研究成果は、ETSの周期的発生を説明する断層モデルと非常によく一致しています。つまり、亀裂が蛇紋石の析出によって闭じるまでの時間が次の破壊(スロー地震)が起きるまでの準備期間であること、亀裂が闭じるにつれて再び流体圧が高まり、次の破壊を引き起こすことが示唆されます(図3)。
図3.Episodic Tremor & Slip (ETS)の発生機構を表した模式図.(A)温かい沈み込み帯の断面図(上段)とプレート境界に沿った有効法線応力(σneff)変化(下段).(B)蛇紋岩からなるプレート境界断層帯に発達するfault-fracture mesh構造を表した図.図A中の黒四角の範囲に対応する.(C)ETSの発生サイクルに対応した剪断応力(τ)、透水率(K)、流体圧(Pf)の时间変化.(顿)贰罢厂の発生サイクルを通じて起こる蛇纹岩の破壊?鉱物析出プロセスを表した図.σ1:最大主応力轴.σ3:最大主応力轴.
今后の展开
本研究は、蛇纹岩が断层バルブの役割を果たすこと、深部スロー地震が繰り返し起こることを、実験と野外调査により初めて具体的に示唆したものと言えます。今后は、蛇纹石の析出速度についてより详细な実験を行い、実际の贰罢厂の周期(数ヶ月から数年)を説明できるかを明确にする必要があります。また、この破壊现象がスロー地震特有の低周波成分が卓越する地震波を発生させるのかについても、実験的に検証していきます。これらの研究が进展することで、スロー地震がなぜ、どのようにして発生するのかというメカニズムの本质的な理解が深まり、地震防灾や予测の精度向上にも贡献することが期待されます。
论文情报
- 掲載誌名:Communications Earth & Environment
- 論文題目:Fault–fracture mesh development produces tectonic tremor in fluid-overpressured serpentinized mantle wedge
- 著者:Ken-ichi Hirauchi, Yurina Nagata, & Keishi Okazaki
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谢辞
本研究は、日本学術振興会科学研究費助成事業である「基盤研究(B), 22H01320」、「学術変革領域研究(A) (公募研究), 22H05301」、「基盤研究(S), 22H04932」、「基盤研究(B), 18H01318」、「新学術領域研究(研究領域提案型), 19H04630」「基盤研究(A), 21H04528」、「挑戦的研究(開拓), 22K18283」の支援により実施されました。
用语解説
注1.スロー地震:低周波微动、低周波地震、スロースリップイベントなどに代表される、通常の地震に比べてゆっくりとした断层滑りの総称。
注2.蛇纹岩:上部マントルを构成するかんらん岩などの超苦鉄质岩が加水作用を受けて形成される岩石。主に蛇纹石から构成される。
注3.fault-fracture mesh構造:引张(モード滨型)破壊と引张?剪断(モード滨-滨滨型)破壊が多数発生することで形成される网目状の亀裂构造。流体圧が岩石の静岩圧を超える高流体圧环境下で形成されると考えられている。
注4.断层バルブ挙动:流体が断层に沿って移动していく际、鉱物の析出などにより断层面上の隙间が闭じて(断层がシールされて)局所的に流体圧が上昇し、断层の実効的な强度が低下することで発生する滑り。
【お问い合わせ先】
<研究に関すること>
静冈大学理学部地球科学科
准教授?平内 健一 (ひらうち けんいち)
TEL : 054-238-4735 E-mail : hirauchi.kenichi*shizuoka.ac.jp
広岛大学大学院先进理工系科学研究科
海洋研究开発机构 高知コア研究所 招聘主任研究员
准教授?岡崎 啓史 (おかざき けいし)
TEL : 082-424-7462 E-mail : keishiokazaki*hiroshima-u.ac.jp
<报道に関すること>
静岡大学 広報?基金課
TEL : 054-238-5179 E-mail : koho_all*adb.shizuoka.ac.jp
広島大学 広報室
TEL : 082-424-3749 E-mail : koho*office.hiroshima-u.ac.jp
(*は半角@に置き换えてください)