麻豆AV

第18回 加藤 范久 教授(大学院生物圏科学研究科)

うまみ成分コハク酸が、がん细胞の増殖を抑制

加藤範久教授

大学院生物圏科学研究科 生物機能開発学専攻 食資源科学講座 (かとう のりひさ)教授

に聞きました。 (2009.9.10 社会連携?情報政策室 広報グループ)

プロフィール

1974年広島大学水畜産学部食品工業化学科を卒業。名古屋大学大学院農学研究科農芸化学専攻を単位取得退学後、非常勤講師を経て、1981年本学生物生产学部助教授。2001年から教授。2002年から生物圏科学研究科教授。

小?中?高等学校を山口県岩国市で过ごした教授は、小?中学校ではアコーディオンに热中。中学では、さらに陆上クラブと科学クラブも掛け持ちし、忙しくて勉强どころではなかったと贬笔で自身を绍介しています。高校时代はというと、マンドリンクラブに热中した结果、やはり忙しかったようで、「不得意科目、生物(暗记は苦手)」というくだりは、特に目を引きます。そんな教授も、学部2年の时、初めて学问(生化学)のおもしろさに开眼。その后、栄养学という学问にのめり込んで行くことになります。
 

 

うまみ成分コハク酸が、がん细胞の増殖を抑制

広岛県の出身で、大学院の后辈でもある某製菓会社の社长と学会で再会したとき、「いつか共同研究をしたいね」と话していたことが、现実のことになります。ボイセンベリー(最近健康果実として注目を浴びている、ブラックベリーとラズベリーを掛け合わせた、ニュージーランド生まれの木いちごの仲间)で菓子を作りたいので、机能性について分析?评価してくれないかと持ちかけられ、07年、共同研究が始まります。

ボイセンベリーには、天然ポリフェノールの一种であるエラグ酸が大量に含まれています。これをラットに摂取させて消化管への影响についての研究を开始しました。この研究过程で、ラットの盲肠内のコハク酸(贝类や清酒のうまみ成分でもある)の浓度が大幅に上昇することがわかりました。不思议なことに、ルチン(そばなどに含まれる)やエラグ酸(いちごなどに含まれる)などのポリフェノールが、肠内発酵によりコハク酸の产生を着しく増加させていたのです。

ポリフェノール摂取によるラット盲腸内コハク酸の増加の図

ポリフェノール非投与のコントロール群と比べてポリフェノール投与群では统计的に有意に増加している

(エラーバーの标準误差はデータのばらつきを意味している)。

日常生活レベルの摂取で効果

腸内のコハク酸の増加が大腸がん細胞にどのような影響を及ぼしているか調べたところ、その濃度が20 ミリモル(以下「mM」)になると、大腸がん細胞の増殖が50%近くまで減ること、胃がん細胞でも抑制効果があることが確認できたのです(このニュースは2009年5月21日付けの中国新聞1面で紹介されました)。コハク酸は代表的なうまみ成分として1932年に日本人によって発見されましたが、そのコハク酸に疾病予防作用が見つかったのはこれが最初です。

「20 mMのコハク酸は、普段食べている貝汁の濃度に相当し、日常の食生活レベルの摂取で効果が得られるので、医薬品や機能性食品の開発に向いている。身近なコハク酸が有効なことが明らかになった意味は大きい。別の疾患への予防作用もありそうだ」と、教授は次なる成果に期待を寄せます。

さまざまな疾病予防作用の解明のみならず、広岛地域の特产物である牡蠣(かき)などの贝类や清酒にコハク酸が豊富に含まれていることから、地域公司と机能性食品の开発に向けた共同研究も始まっています。

加藤教授のインタビューの様子

牡蠣もお酒も広岛の名产ですから…

もうひとつの効果「血管新生抑制効果」への期待

さらに教授らは、このコハク酸には、血管新生(血管を新しく造る)を抑制する作用があることも確認します。ラットの毛細血管の伸びが、コハク酸30 mMの濃度で約60%抑制されることが分かったのです。

コハク酸の血管新生抑制作用の発見の図

ラット动脉片から発生する毛细血管の伸びがコハク酸の浓度に比例して抑制されている

がん细胞の増殖は転移や浸润で起こります。がんの病巣では、血流が不足して栄养不足や酸素不足が生じるため、がん细胞は、栄养不足や酸素不足を脱しようと、新しい血管を造り、転移経路を确保、増殖していきます。

糖尿病になると动脉硬化になって、血管が固くなり、もろくなり、目詰まりを起こしやすくなります。细かい血管が密集している网膜では、血糖値が高く血管に多くの负担が掛かり、酸素と栄养分を运ぶ血液の流れが悪くなるので、网膜细胞が栄养不足となります。そこで网膜细胞は、血管障害による酸素欠乏状态を逃れようとして新しい血管をつくりますが、新生血管は非常に脆いため出血しやすく、それによって目の机能に障害が起き、最悪の场合は失明に至ります。糖尿病性网膜症による失明です。最近では、アルツハイマー病やリューマチにも血管新生が関係しているといわれています。

この血管新生の抑制作用は、がん以外のヒトの疾患への効果も期待されています。「面白いことに、コハク酸は化粧品素材として使われていることを后で知りました。肌の张りを保つ効果とされています。近年、血管新生がしわの原因となることも报告されていますので、コハク酸の肌への影响に血管新生抑制作用が関係しているかも知れません」という教授。

 

谁もやっていなかったことに着目

1989年、栄養学の国際会議でソウルを訪問したとき、観光ツアーで一緒になった製薬企 業の人から、大豆と比べると、そばの本格的な研究はほとんどされていない。消化されにくく、アレルギーを起こしやすいという欠点をも含めた「そば」の全て が知りたいと、そばタンパク質の共同研究を提案されます。

インタビューの様子

この観光ツアーでの出会いが、现在の研究スタイルのスタートになっています

当時、欧米の大豆タンパク質のコレステロール低下作用に関する研究では、そのタンパク質 の加水分解物(ペプチド:アミノ酸が数個つながったもの。タンパク質に比べて消化吸収性がよい)にコレステロール低下作用が発見され、世界的に大きな注目 を集めていました。加藤教授らは、そばのタンパク質に大豆タンパク質よりも強力なコレステロール低下作用を見出し、そのコレステロール低下作用を有するペ プチドの分離に全精力を傾けていました。しかしながら、大豆タンパク質の場合とは異なり、加水分解して分子量を低下させるに伴ってコレステロール低下作用 がなくなり、行き詰まっていました(実験に5年の歳月を費やす)。

忘れもしないあの阪神?淡路大震災の当日(1995年1月17日)、今までは「消化が良い=体に良い」ものとされていたが、「消化されないこと=体に良 い」ではいけないのかと気づきます。発想の転換です。食物繊維と同様の作用を有するのであれば、コレステロール抑制作用、体脂肪蓄積抑制、便秘改善、大腸 がんの発現抑制などの効果が期待できます。ラットによる実験で、血中および肝臓中のコレステロール濃度の上昇が抑制されたことを確認。教授は1997年、 そばタンパク質の消化抵抗性が、血中コレステロールを低下させることを発見し、「レジスタントプロテイン(注1)」という概念を提唱します。新たな学問領域の登場です。

(注1)体内で消化されにくいタンパク質のこと。一般的には、栄養素の供給という面から見 ると、消化の良い食品の方が効率が高いので栄養的には優れると 評価されてきました。ところが、タンパク質の消化率が低い(消化されにくい)食品が、逆に健 康にプラスになることが加藤教授らの研究ではじめて明らかになってきました。これまでに、様々なレジスタントプロテインが、食物繊維と類似した作用を有 し、コレステロール低下作用、肥満抑制作用、大腸がん抑制作用などが発見され、多くの植物性のタンパク質に広く普遍的に見られる現象であると考えられてい ます。最近の栄養学の教科書にもこの専門用語が登場しています。

インタビューの様子

ちょっとした発想の転换でした

国内外の研究グループのその后の研究によって、そばタンパク质のさまざまな効果が认められ、业界だけでなく、ひろく一般に健康食『そば』が爱されるようになりました。

一般に、栄养学は现実に直结する问题を分析し、明らかになったことを分かりやすい言叶で説明し、もう一度「日常に戻す」学问なので面白く社会的インパクトも大きいと语る教授。以前は、主として栄养学の基础研究を行っていた教授は、このツアーでの出会いがきっかけとなり、基础から応用につながる研究にも兴味の幅が広がることになります。

 

その后、新たな研究への挑戦にも必然の出会いが…

ある时、製薬公司から派遣された研究员の人が、会社から「おもしろそうなタンパク质を探せ!」と命令を受けたと、他の繊维関係の公司の研究员と廊下で立ち话をしていました。そばを通り过ぎようとした时にたまたま质问されたことがきっかけとなって、加藤教授は、早速行动を开始。セリシン(蚕の茧を构成しているタンパク质)についての机能性についての研究がスタートします。1996年のことです。その时に闻いた话では、绢织物工场の精练作业(茧からセリシンを取り除く作业)をしている女性たちの手の肌が非常にきれいというのが、昔から有名とのこと。

その最初の成果として、1998年にセリシンの强い抗酸化作用(スキンケアにもつながる)がはじめて见つかりました。セリシンそのものの発见が1886年ですから、その机能性の発见までに100年以上もかかったことになります。セリシンは绢织物を作成する时に除去され、大量に廃弃され、环境汚染の原因でもあるため、その有用性の解明は、シルク関连业界の长年の悲愿でした。それ以降、セリシンの抗がん作用などが次々と解明され、2007年には、セリシンがメタボリック症候群も改善することを発表しました(5月16日付け产経新闻)。こうして、现在、セリシンの机能性の分野はシルク研究の一大分野となっています。ちなみに1998年以前までにセリシンの生理作用に関する论文は仅か2报であったのが、その后今日までに、1500报以上の论文が発表されています。

繭糸の断面図の写真

フィブロインは绢糸の主要成分

教授はもともと、日本人の最も不足しがちな微量栄養素であるビタミンB6に興味を持っていました。ビタミンB6は、穀類や魚介類、大豆に豊富に含まれており、これらの摂取が年々減少していることが、日本人のがんなどの病気の増加につながっているのではないのかという疑問です(例えば、日本人の大腸がん発症率は世界的にも最上位)。たまたま広島大学に着任したことで、大腸がん研究ではトップレベルの広島大学の原爆放射能医学研究所(現原爆放射線医科学研究所)渡邉敦光(わたなべ ひろみつ)元教授らとのビタミンB6の共同研究が始まります。そして2001年、教授らの研究グループは、ビタミンB6がマウスの大腸がんを予防することを世界に先駆けて発見します(9月12日付け朝日新聞、例のテロ事件の翌朝掲載)。国内外の疫学的研究でもこの動物実験の結果を支持する報告が相次いで発表され、今日、大腸がんを予防する代表的な食事因子とされています。特に、先進国では共通してビタミンB6が不足傾向にありますので、ますます目が離せない状況になっています。
先生の大肠がん研究とはここでつながるんですね。
うーん、実に守备范囲が広い!

インタビューの様子

导かれるように広岛大学へ来ました

専门は何ですか?

「小学校の頃の夢は、科学者でした」と語る教授に、「好きな言葉は?」とお聞きすると、「思考は現実化する」と答えが返ってきました。思い続けて努力し、 夢(目標)を叶え科学者になった教授ですが、ふとした偶然をとらえて幸運に変える力「セレンディピティ」という言葉も大切にしているのだとか。若い人たち には、チャンスが来たときにそれを掴めるよう、常に準備しておいて欲しいと、「考える」「行動する」が実践できるような指導を心がけているそうです。

栄養学以外の学会に招待講演を依頼されることが多いからでしょうか、「専门は何ですか?」とよく質問されるそうですが、面白いと思ってやっていることす べてが、専門ですと答えるそうです。若き研究者たちにも、流行を追うのではなく、「誰もやっていないこと、人が注目しないことをやってほしい」。違う分野 の人たちと交流することで触発されるも良し、絵画を見たり、音楽を聴いたりして頭を刺激するも良し。専門以外のことを受け入れる柔軟さをもった、守備範囲 の広い研究者になって欲しいとエールを送ります。

あとがき

先生に取材をしていて「偶然です」とか「幸運でした」という言葉をよくお聞きします。「失敗ばかりですよ」とも。普段から世の中の動向に注意し、情報の収集?分析(発信も?)をするなど、能力や感性を磨いておくことで、「幸運(運命)の女神が来た!」と分かるのでしょうか? 違う分野の人との良い出会いで触発されるし、絵画を見ていてひらめくこともある。頭を刺激するきっかけはどこにでもあると楽しそうに話をされる先生。さまざまな分野との連携が今後ますます広くなるんだろうなと、期待してしまいます。ところで、やっぱり幸運の女神は前髪しかないんですか?先生!(O)


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