麻豆AV

第31回 入戸野 宏 准教授(大学院総合科学研究科)

「かわいいものを见ると集中できる」ことを発见!-日本発「かわいい」の新たな可能性を示す-

入戸野 宏准教授

大学院総合科学研究科 総合科学専攻 行動科学講座 入戸野 宏(にっとの ひろし)准教授

に聞きました。 (2012.12.4 広報グループ)

はじめに

大学院総合科学研究科の入戸野准教授らの研究グループが行った「かわいい」に関する研究成果が、2012年9月26日発行の科学誌『PLOS ONE』のオンライン版で公開されました。

(『PLOS ONE』のサイトへ)

その成果とは、幼い动物のかわいい写真を见た后には、注意を必要とする作业の成绩が良くなるというもの。これは、かわいいものを见ると気分が良くなるだけでなく、行动にも変化が生じることを示しています。

日本のみならず海外でも注目を集める「かわいい」。よく知られているようで、実は研究が进んでいなかったテーマの新たな可能性を示した入戸野准教授にインタビューしました。

 

「かわいい」と感じたとき、人はどうなるか?

入戸野准教授の専门は认知心理生理学。日常生活における人间の心理活动について、主観(意识)-生理(脳?身体)-行动という面から多角的に研究しています。今回の「かわいい」に関する研究も、その一环として行われたものです。

みなさんは、かわいいものを见たとき、まずどんな反応をするでしょうか?入戸野准教授によれば、人は「かわいい」と感じると、自然と頬が缓み、笑颜になります。また、「もっとよく见たい」という気持ちから、対象に近づこうとします。つまり、「かわいい」は人に行动をおこさせる力を持っているのです。

また、子犬や子猫と游んでいると、「かわいくてズーッと见ていたい!」という気持ちになりませんか?人は、「かわいい」と感じると、対象を见続ける倾向もあるそうです。见続けるということは、その间、対象を観察するための集中力が持続しているということです。

「『かわいい』について书かれた本はたくさんあります。しかし、どの本も文化论にとどまっており、『かわいい』とは何か、ということが明确に书かれていませんでした」と入戸野准教授は语ります。この事実は、入戸野准教授を「かわいい」についての実証的な研究へと突き动かしました。

そのきっかけとなったのが、「かわいい」の定义。ふつう、「かわいい」は対象のもつ属性だと考えられています。しかし、入戸野准教授は、见る人と対象との関係から生じる感情として「かわいい」を定义し直しました。この新しい定义に基づいて、「かわいい」の科学的な研究が始まったのです。

 

「かわいい」で集中力アップ?

実験では、男女大学生96人に次のような课题を行ってもらいました。

1つは、ピンセットを使って小さなおもちゃをつまみ出す作业(実験1)、もう1つは不规则な数列から指定された数字を目视で数え出す作业(実験2)。どちらも细心の注意と集中力を必要とする作业です。それぞれの作业を2回行ってもらい、その间の休憩时间に、动物の写真7枚を好きな顺に并べかえてもらいました。幼い动物の写真を并びかえるグループと、成长した动物の写真を并びかえるグループを设定し、写真を见た后で作业の成绩に変化があるかを调べました。

実験础で使用したおもちゃの画像

実験础で使用したおもちゃ

幼い动物の写真

幼い动物の写真。かわいい…!

実験の结果は、以下のとおりとなりました。

大学生96人を対象とした実験结果
成绩増加率 幼い动物の写真 成长した动物の写真
実験1 +44% +12%
実験2 +16% +1%

(入戸野准教授らの论文を基に作成)

実験1、実験2とも、幼い动物の写真を見ることで作業の成績が大幅にアップしていることが分かります。成长した动物の写真には、幼い动物の写真ほどの効果はありませんでした。

入戸野准教授によれば、人は通常、対象の细部よりも全体に注意を向けるもの。细かな特徴よりも全体的な特徴を早く把握する倾向にあります。しかし、かわいいものを见ると、『もっと近くで见たい』『相手のことをよく知りたい』という感情から、対象の细部までよく観察しようとすることにより、集中力が高まります。この集中力は、かわいいものから注意をそらした后もしばらく持続するため、今回の実験结果のように、作业成绩のアップにつながったと考えられます。

 

「かわいい」は人それぞれ

実験を行う际に注意を必要とした点は、「どのような写真を选ぶか?」ということでした。

写 真は、被験者に「かわいい」という感情を発生させる役割を持っています。かわいいものといえば、赤ちゃん、動物、花などを多くの方がイメージされるのでは ないでしょうか。しかし、人が「かわいい」と感じる対象は人それぞれ。予備調査の結果から、大学生は、赤ちゃんよりも幼い動物を身近でかわいいと評価する ことが分かりました。そこで、今回は子犬や子猫の写真を用いることにしました。

「かわいい」は、自分と対象との距離や関係性に左右されま す。たとえば、近年巷に溢れている「ゆるキャラ」。予備情報がゼロの状態でキャラクターだけを見ても、あまり「かわいい」とは感じないのではないのでしょ うか。しかし、そのキャラクターが持つプロフィールやエピソードなどを知ること、つまり自分と対象との距離が縮まることで、「かわいい」の感情が強くなる のです。

「『かわいい』と言われるものはたくさんありますが、自分と対象との距离は人それぞれ。一般に『かわいい』とされるものでも、自分にはかわいいと思えないことももちろんあります」と入戸野准教授は语ります。

と ころで、「かわいい」は女性の文化と思われがちですが、男性と女性で実験結果に違いはあったのでしょうか?女性は何でも気軽に「かわいい」と表現し、女性 同士で盛り上がっているイメージがありますが、男性についてはあまりそのようなイメージはありません。今回の実験では、女性の方が写真をよりかわいいと評 価しましたが、行動成績の上昇に男女差はありませんでした。男性は表だって「かわいい!」と盛り上がることは少ないのかもしれませんが、「かわいい」に対 する反応は男女共通なのですね。

ちなみに、「かわいい」と同じように人々の快感情を引き起こす、おいしいそうな食べ物や、美しい物を见た时も、同様の効果が得られるのでしょうか?

実 は今回の研究において、食べ物の写真を使った実験も行いました。しかし、かわいい写真を見たときのような成績アップの効果はありませんでした。おいしそう な食べ物を見て快感情が起こるかどうかは、その人が今お腹が空いているかどうかに依存しているからです。空腹時であれば、「かわいい」と同様の効果を得ら れる可能性もありますが、満腹時など、欲求が満たされているときにはそうした機能が働きません。また、美しい物を見たときには、笑顔や「もっと近寄りた い」という感情は起こらず、「かわいい」と同様の効果はあまり期待できないそうです。

 

学生たちと二人叁脚で研究

そもそも、「かわいい」について研究を始めたきっかけは、ゼミの女子学生の「『かわいい』を研究したい」という要望でした。

入戸野准教授は学生が持ってくる研究テーマを积极的に採用しています。

「自 分の専門の研究を進めるためには、この方針はとても効率が悪いです。しかし、お仕着せでなく、自分で選んだテーマであれば、学生は責任をもって真剣に取り 組めます。それが『広島大学で学んでよかった』という思いにつながります。指導する側は大変ですが、境界を超えた新しい発想も出てきます。学生とともに世 界に挑戦するという姿勢をこれからも大切にしていきたいと思っています」と入戸野准教授は語ります。

 

「かわいい」を世界に!

入戸野准教授は、今后も「かわいい」についての研究を进めていこうと考えています。

例 えば、「かわいい」の種類。子犬や子猫を見て起こる「かわいい」という感情や、ゆるキャラなどのキャラクターを見て起こる「かわいい」、道ばたの小さな花 を見て起こる「かわいい」など、「かわいい」にはたくさんの種類があります。これらさまざまな「かわいい」によって生まれる人の行動に違いはあるのか、と いうこと。

また、「かわいい」の悪いところにも注目します。かわいいものを見ると対象の細部に注意が向き、集中力が高まるということは、対 象以外の事象に対する注意力が弱まってしまうということです。「マイナス面も含め『かわいい』についての研究が進んで、これまでは分かっていなかった部分 が解明されれば、さまざまな分野への応用が可能になるでしょう」と入戸野准教授は語ります。

研究成果が公開されてから、国内外のメディアか ら取材の申し込みが多数寄せられました。「かわいい」は日本独特の文化だと言われることもありますが、近年は海外でもファッションなどのポップカルチャー を通じ、「Kawaii」として広がりをみせています。その結果、海外の評価も徐々にプラスのイメージへと変わってきました。

大きな可能性を持つ日本の「かわいい」を、広岛大学から世界に発信していくという入戸野准教授。今后の研究に注目が集まります。

「広岛大学から『かわいい』を世界に発信していく」と语る入戸野准教授 画像

「広岛大学から『かわいい』を世界に発信していく」と语る入戸野准教授

あとがき

平安時代に書かれた書物『枕草子』にも「うつくし」という表現で出てくる「かわいい」。日本人はこの感情を長く抱いてきました。そのため、学術的な研究も進んでいると思いきや、あまりに身近過ぎて、研究が進んでいなかったことは驚きでした。今回、入戸野准教授の研究で明らかになった「かわいい」が持つ力の一端。今後、いろいろなことが分かれば、「かわいい」は元気を失っている日本に対する一種の処方箋になるかもしれません。実際、「かわいい」の威力は抜群。インタビュー終了後、写真撮影のため、実験に使った幼い动物の写真を見せてもらった瞬間、男女2人の取材スタッフは口から「かわいい」という言葉が同時に飛び出し、取材中であることを一瞬忘れてしまいました!(N)


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