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令和3年度 原爆死没者追悼式

広島大学原爆死没者追悼式 追悼の辞 (2021.8.6)

 今年も「原爆の日」が巡ってまいりました。「広岛大学原爆死没者追悼式」を挙行するにあたり、広岛大学を代表して、原爆の犠牲となられた方々の御霊(みたま)に谨んで哀悼の诚(まこと)をささげます。

 新型コロナウイルス感染症の世界的流行が始まって1年半がたちましたが、东京に4回目の紧急事态宣言が発令され、全国で感染が再拡大するなど、予断を许さない状况が続いております。このような中で、ご遗族と関係者の皆様の健康と安全を第一に、昨年に引き続き今年も规模を缩小して开催させていただきました。

 先ほど「広岛大学原爆死没者追悼之碑」に、この1年间に确认された19人のお名前を书き加え、合わせて2,041人の方々の名簿を奉纳させていただきました。

 76年前のあの日、前身诸学校の学生?生徒?児童や教职员の方々は一発の原子爆弾でかけがえのない命を失い、また伤つきました。东南アジア地域から南方特别留学生として、本学の前身である広岛文理科大学に留学していた若者8人も被爆し、このうち2人が亡くなりました。前途ある人生を夺われた若者たちの无念を思うと、万感胸に迫るものがあります。

 広岛大学は1949年、廃墟となった広岛の街に「自由で平和な一つの大学」を掲げて开学しました。今日まで一贯して平和の大学としての歩みを続けております。私は学长就任以来、「平和を希求し、チャレンジする国际的教养人の育成」に取り组んできたところです。これからも、多様性を育み自由で平和な国际社会を筑いていくために、本学の使命を全うしてまいる决意を、新たにしております。

 さて、広岛大学の统合移転から、早や四半世纪が过ぎました。新たな激动の时代に対応すべく、法学部と大学院の法学?政治学プログラムについて、この広岛大学発祥の地である东千田キャンパスに移転することを决定いたしました。大学発祥の地から、学生の皆さんが平和と希望の担い手となって世界に羽ばたいていくよう、愿ってやみません。

 本日の追悼式には、エジプト?アラブ共和国驻日大使馆のアイマン?アリ?カーメル特命全権大使阁下にもご参列いただきました。心より御礼申し上げます。

 広岛大学原爆死没者追悼之碑には、饭岛宗一学长によって「広岛大学が人类平和の确立に敢然寄与すべきふかい学问的责务を负う所以を永久に明记する」との碑文が刻まれています。开学75年の节目を3年先に迎える今、広岛大学人として平和のために何ができるかを考え、行动してまいることをここにお誓い申し上げ、追悼の辞といたします。

 

令和3年(2021年)8月6日
広岛大学长 越智光夫


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