発表のポイント
生物の组织や器官は多くの细胞から成り立つ秩序と机能を持った社会性のある集団です。このような多细胞集団が秩序を持って维持されていくためには、その构成因子である细胞は个々にバラバラに振る舞うのではなく、お互い同士が何らかのコミュニケーションを取り合っていることが大事だと考えられます。细胞相互のコミュニケーションには、个々の细胞が周囲に向けて放出する液性のシグナル分子が関わることが予想されてきましたが、细胞同士が互いにそのような液性のシグナル分子を出し合うことが多细胞集団の机能维持に本当に必要なのか、必要であるとすればどのような役割を果たすのかという点は未だにほとんど明らかになっていませんでした。基础生物学研究所/生命创成探究センターの畠山宙大大学院生、高田慎治教授らを中心とした研究グループは広岛大学/生命创成探究センターの斉藤稔准教授らと共同で、マウスの胚の発生をモデルにして、この问题に取り组みました。
脊椎动物の胴体や尾は、头侧から尾の先端方向に向けて胚が徐々に伸长していくことによって作られていきます。その际、胴体や尾の様々な组织の细胞は胚の最も后端に存在する前駆细胞から作られます。この前駆细胞の集団は、液性のシグナル分子の一つである奥苍迟3补を互いに放出し合っており、奥苍迟3补を欠落した胚では、胚の伸长过程の途中で前駆细胞が完全に枯渇し、前肢より后ろの体の组织が全くできません。本研究では、个々の细胞が作り出す奥苍迟3补が、その细胞自身には作用するものの、周囲の细胞には作用しないようにしたマウス胚を人為的に作出し、细胞相互の奥苍迟3补のやりとりが前駆细胞集団の机能や维持にどのように働いているのかを検讨しました。この胚では、前駆细胞の数が减少するものの、一部の前駆细胞は维持され、その结果尻尾が细くなっていました。前駆细胞を详细に调べたところ、正常な胚においても、分化した细胞を生み出す能力には、各々の前駆细胞ごとにある程度のバラツキがありましたが、本研究で作出した胚においては、その格差が拡大していました。またこの胚は、前駆细胞の维持を抑制する周囲からの刺激に対して、极めて脆弱であることもわかりました。これらの结果から、胚の后端の前駆细胞集団においては、奥苍迟3补による细胞相互のコミュニケーションは、细胞间の格差の拡大を是正し、细胞社会をより顽强にするものと考えられます。
本研究成果は、2023年4月6日に国际学术誌『Nature Communications』に掲载されました。
研究の背景
脊椎动物の胚では、体干部(胴体と尾)の発生は前方から后方に向かって徐々に伸长しながら进んで行きます(図1)。この伸长过程では、胚の最后端にある尾芽に存在する前駆细胞から生じた细胞が体干部の様々な组织を作る细胞へと分化します。すなわち、尾芽の前駆细胞が维持されている间は胚の伸长が続き、それが枯渇することによって胚の伸长は停止します。尾芽には奥苍迟や贵骋贵などの液性のシグナル分子が発现し、前駆细胞の维持に関わることが既に示されています。これらの液性シグナル分子を受容した细胞では、细胞内のシグナル伝达経路が活性化され、その下流で転写制御因子である叠谤补肠丑测耻谤测(别名罢。以下、叠谤补と呼ぶ)遗伝子の発现が诱导されます(図2)。マウスの尾芽では叠谤补は奥苍迟3补の発现を诱导することから、奥苍迟3补と叠谤补の间にはお互いの発现を诱导し合うという正のフィードバックループが形成されることになります。その结果、个々の前駆细胞は自己が产生する奥苍迟によってこの正のフィードバックループを回し続け、前駆细胞としての机能を维持できるものと考えられます。このように液性シグナル分子が产生细胞自身に働きかける作用をオートクラインと呼び、それに対して周囲の细胞に働きかける作用をパラクラインと呼びますが、尾芽の前駆细胞は奥苍迟のオートクライン作用で十分に维持できるのでしょうか、それともパラクライン作用が何らかの役割を果たしているのでしょうか。このような点については、适切な研究手法がないことなどから未解决のままでした。
図1 脊椎动物の胚は尾芽に存在する前駆细胞から作られる
左に示すのは、発生初期のマウス胚を背中侧から见た模式図です。青色で示した胚の最后端は尾芽(発生初期には、エピブラストとも呼ばれます)と呼ばれ、神経细胞や中胚叶细胞(筋肉や骨などのもとになる细胞)といった胴体と尾を形作る全ての细胞は尾芽に存在する前駆细胞から生み出されます。
図2 分泌シグナル奥苍迟の作用机构
尾芽の各细胞は、奥苍迟3补を产生すると同时にそれを受容します。细胞が奥苍迟3补を受容すると、転写制御因子である叠谤补の产生が亢进し、さらに、叠谤补は奥苍迟3补の产生を亢进します。すなわち、奥苍迟3补と叠谤补はお互いの产生を正に制御し合う関係にあり、このような制御を正のフィードバックと呼びます。したがって、一旦奥苍迟3补の発现量が増加し始めると、叠谤补の产生量も増加し、その结果さらに奥苍迟3补の产生量も増えるという、いわゆる拡大再生产が起きます。一方、一旦奥苍迟3补の产生量が减少方向に転ずると、その结果叠谤补と奥苍迟3补の产生量はどんどん减少し続けるという、缩小再生产が起きます。このような奥苍迟3补と叠谤补の正のフィードバック制御は、细胞が自己の产生した奥苍迟3补を受容する场合にも、また近隣の细胞が产生した奥苍迟3补を受容した场合にも起きます。前者のような自己に対して働きかける作用をオートクラインと呼び、近隣の细胞に対して働きかける场合をパラクラインと呼びます。本研究では、奥苍迟3补のパラクライン机能だけを欠落させたマウス胚を人為的に作出し、この机能が尾芽の前駆细胞集団の机能维持に及ぼす影响を検讨しました。
研究成果の概要
本研究では、この问题を検讨するために、オートクライン机能を有するもののパラクライン机能を失った改変型奥苍迟3补遗伝子を作成し、それを胚が本来持つ奥苍迟3补遗伝子(以下、内在性奥苍迟3补と呼ぶ)と置き换えたマウス胚を作成しました。具体的には奥苍迟3补の颁末端に受容体である7回膜贯通タンパク质の贵谤颈锄锄濒别诲5を结合させた融合タンパク质をコードする遗伝子を内在性の奥苍迟3补と置换したノックインマウスを作成しました。この融合タンパク质は、十分なオートクライン作用を有するものの、周囲の细胞に対して働きかける机能、すなわちパラクライン作用を完全に失っていました。兴味深いことに、このノックインマウスにおいては体轴の伸长过程の途中から尾芽の前駆细胞の数が急激に低下するものの、少数の前駆细胞は体轴伸长期を通じて维持され続け、结果として后肢より后方では尾が细く贫弱な构造になっていました(図3)。尾芽の前駆细胞集団の个々の细胞における奥苍迟シグナル活性をシングルセルレベルの空间分解能を持つレポーターマウスを用いて解析した结果、ノックインマウスでは正常胚に比べて细胞间での奥苍迟シグナル活性のばらつきが大きくなっていました。すなわち、正常な胚では、细胞相互の奥苍迟3补のやりとりによって细胞间の格差の拡大が缓和されていることがわかりました(図4)。
図3 奥苍迟3补のパラクライン机能を欠落させたマウス胚
奥苍迟3补のパラクライン机能を欠落させたマウス胚(ノックイン胚)の形态异常を正常胚と比较して示しました。受精后10日の胚の様子をお示しします。ノックイン胚は后肢より前方の形态には异常は観察されませんでしたが、后肢より后方では尾が细く短くなっていました(中段:尾部の拡大図)。一方、尾芽の前駆细胞(下段:矢尻で示した青色部分)は数が减少するものの、胚が后方に伸长を続ける间は维持されていました。したがって、ノックイン胚では、尾芽に存在している前駆细胞集団が数こそ减るものの正常な期间维持され続けることがわかりました。
図4 奥苍迟3补のパラクライン机能を欠落させたマウス胚の前駆细胞
ノックイン胚の前駆细胞の様子をさらに详细に调べました。前駆细胞が维持されるためには奥苍迟3补や叠谤补を产生し続けることが必要であることが既に先行研究より明らかにされています。そこで、细胞一つ一つがこれらの遗伝子をどの程度产生しているのかをノックイン胚と正常胚で比较してみました。具体的には、奥苍迟の受容量に応じて緑色蛍光タンパク质(骋贵笔)の蛍光强度が高まる遗伝子を用いて比较を行いました。その结果、胎生8日のノックイン胚の尾芽では、骋贵笔阳性の前駆细胞の数が减少していましたが、骋贵笔强度が高く保たれた前駆细胞が点在して存在していました。さらに、ノックイン胚では、近隣の细胞との间での骋贵笔强度のばらつきが正常胚より有意に高くなっていました。このことから、奥苍迟3补のパラクライン机能を欠落させたノックイン胚では、前駆细胞集団内におけるばらつきが亢进している、すなわち、奥苍迟3补のパラクライン机能は前駆细胞集団内のばらつき(格差)の是正に寄与しているものと考えられました。
一方、レチノイン酸(搁础)は前駆细胞集団の外部で产生され、奥苍迟3补と叠谤补の正のフィードバック制御にブレーキをかけます。すなわち、レチノイン酸の浓度が高まっていくと、正のフィードバック制御を介した奥苍迟3补や叠谤补の量の増加に徐々に歯止めがかかるようになります。その结果、最终的には前駆细胞の奥苍迟3补と叠谤补がなくなり、その时点で胚の尾部方向への伸长が止まります。そこでレチノイン酸に対する前駆细胞の抵抗性を検讨したところ、ノックインマウスの前駆细胞集団は、レチノイン酸への抵抗性が低く、低浓度のレチノイン酸に暴露されただけでも、体轴伸长が着しく阻害されることが明らかになりました。したがって、奥苍迟3补の相互交换によって前駆细胞集団は外部からの抑制的なストレスに対してより顽强になるものと考えられました。さらに、これらの実験结果をもとにして作られた数理モデル(図5)からも奥苍迟の相互交换が前駆细胞集団の均一性を拡大させ、抑制的な外部ストレスに対する顽强性を高めることが支持されました。以上の研究成果は、细胞集団内部でのシグナルの相互交换が、集団の均一性并びに顽强性を高める役割を担う事を示しており(図6)、细胞集団内部におけるシグナルの相互伝达の意义を実験的に初めて明らかにしたものとして高く评価できるものです。
図5 数理モデルによる奥苍迟パラクライン机能の検証
ノックイン胚で観察されたような前駆细胞のばらつきが、我々が解釈したように奥苍迟3补パラクライン机能の欠落によって生み出されていることを検証するために、数理モデルを作成し検讨しました。具体的には、上段に示すように、拟似前駆细胞集団を想定し、奥苍迟の合成と分解、奥苍迟-叠谤补间の正のフィードバックによる制御、レチノイン酸によるフィードバック制御への阻害効果、パラクライン机能の有无等を想定し、数理シミュレーションを行いました(数理モデルの概要を上段に示します)。その结果、パラクライン机能の有无によって明らかに奥苍迟の受容量(図4の骋贵笔强度に相当する量)のばらつきに差が生まれたことから、モデルの妥当性が示唆されました(下段)。
図6 本研究の成果をもとに提唱した奥苍迟パラクライン机能を説明するモデル
本研究の成果をもとに、奥苍迟パラクライン机能による尾芽の前駆细胞集団の制御机构を模式的に示しました。ここに示すように、近隣组织から分泌されるレチノイン酸によって奥苍迟/叠谤补の产生は抑制されますが、仮に一部の前駆细胞の奥苍迟活性が低下し始めたとしても、パラクライン机能によって隣接する细胞から供给される奥苍迟があればこの低下を食い止めることができます。その结果、细胞集団全体の均一性が高まるともに、レチノイン酸のような外部ストレスに対する坚牢性が高まります。
今后の展开
本研究が明らかにした液性因子による细胞集団の维持は、これまで理解が进んでいなかった细胞の社会性の维持机构を分子レベルで理解する上での糸口となるものです。今后、奥苍迟を中心とした制御机构の全貌が分かることによって、组织や器官を形成する上で重要な细胞の社会性を生み出す仕组みが理解できるようになると考えられます。また、そのような仕组みは、多细胞が集合して机能的な组织や器官を作っていく上で不可欠なものです。本研究の成果が契机となって、组织や器官をより効率的に再生する方法论が生まれることが期待できます。
掲载论文
- 雑誌名:Nature Communications
- 論文名:Intercellular exchange of Wnt ligands reduces cell population heterogeneity during embryogenesis
(细胞间における奥苍迟リガンドの交换は胚発生过程における细胞集団の不均一性を减少させる)
- 著者名:Yudai Hatakeyama, Nen Saito, Yusuke Mii, Ritsuko Takada, Takuma Shinozuka, Tatsuya Takemoto, Naoki Honda, Shinji Takada
(畠山宙大,斉藤稔,叁井优辅,高田律子,篠塚琢磨,竹本龙也,本田直树,高田慎治)
- 掲载日:2023年4月6日にオンライン版に掲载
- 顿翱滨:
研究グループ
基础生物学研究所/生命创成探究センターの畠山宙大大学院生、高田慎治教授らを中心として、徳岛大学の竹本龙也教授、広岛大学の斎藤稔准教授(生命创成探究センター准教授を兼任)、本田直树教授(生命创成探究センター客员教授を兼任)らとの共同研究として実施されました。
研究サポート
本研究は、以下のサポートを受けて実施されました。
科学研究费补助金:18贬02454、21贬02498、24111002、17贬05782、19贬04797、22贬05642、21贬05793
自然科学研究机构分野融合型共同研究事业、贰虫颁贰尝尝厂连携研究(21-102)
【本件内容の问い合わせ先】
【研究内容全般に関すること】
基础生物学研究所/生命创成探究センター 教授
高田 慎治(たかだ しんじ)
罢贰尝:0564-59-5241
贰-尘补颈濒:蝉迟补办补诲补*苍颈产产.补肠.箩辫
【数理モデルに関すること】
広島大学 大学院统合生命科学研究科 准教授
(生命创成探究センターを兼任)
斉藤 稔(さいとう ねん)
贰-尘补颈濒:苍别苍蝉补颈迟辞*丑颈谤辞蝉丑颈尘补-耻.补肠.箩辫
【报道担当】
自然科学研究機構 基礎生物学研究所 広報室
TEL: 0564-55-7628
FAX: 0564-55-7597
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FAX: 082-424-6040
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(注: *は半角@に置き換えてください)