麻豆AV

第23回 医歯薬保健学研究院 教授 弓削 類先生

写真:弓削先生

「人の役に立つ」を形にする

取材実施日:2015年12月21日
第23回先生訪問は、医歯薬保健学研究院 弓削 類(ゆげ るい)教授にお話を伺いました。2015年9月に宇宙再生医療センター(http://www.hiroshima-u.ac.jp/orp/ProjectCenter/27-02/)を立ち上げ、宇宙環境を利用した再生医療技術の開発とロボットを使ったリハビリテーションの実装化を進めています。他にも大学発ベンチャー企業(http://www.spacebio-lab.com/)を起業し、NASAとの共同開発など、国を越え、様々な場所でご活躍されています。多忙で多趣味なこともあり、取材中は研究関係の電話のベルと話題が尽きませんでした。ご自身の研究だけでなく、ベンチャー企業も立ち上げた目的は何なのでしょうか。気さくでユーモア溢れる弓削先生に、ご自身の研究内容やこれまでについてお話して頂きました。

 Profile
1985年 金沢大学医学部付属病院に勤務
1989年 シアトル大学、アルバータ大学へ留学。留学中、NASAの宇宙医科学開発プロジェクトに参加
1993年 広島大学医学部?助手
2000年 博士(医学)の学位取得
2001年 広島大学医学部?講師
2003年 広島大学大学院保健学研究科?助教授を経て現在に至る
2014年 再生医療とリハビリテーション研究会 設立
2015年 NASAケネディー宇宙センターのAdvisory Committee (諮問委員会委員) に就任(7月)
2015年 宇宙再生医療センター センター長に就任(9月)

现在の研究内容

现在、再生医疗とロボットを使ったリハビリテーションに関する研究开発を行っています。再生医疗とは、ケガや病気で伤ついた身体组织や臓器を、干细胞を使って元通りに再生する医疗技术です。细胞は本来、自分自身を修復再生する能力を持っており、その元になるのが干细胞です。干细胞は人体の组织や臓器へと成长する元となる细胞のことです。とりわけ脳梗塞や脊髄损伤等の中枢神経系障害の场合、自分の脳内にある神経干细胞だけでは修復不可能なため体外で増やした干细胞を移植することが必要となるのですが、その干细胞を未分化のまま大量培养出来る技术が完成すれば再生医疗は大きく进歩します。
细胞とは贤いもので、重力を感じ取ることによって自分自身で分化や分裂を制御することが最近分かってきました。宇宙飞行士が无重力空间にいるだけで、特に体重がかからない下肢の骨と筋が萎缩するなどの症状が进みます。けがや病気での长期卧床でも同じ状态になり、リハビリテーションの现场が环境が违うだけで同じ様な症状が惹起されます。スペースシャトルの実験で、无重力空间では骨芽细胞、筋芽细胞の分化が抑制されてしまうことが原因と分かりました。细胞レベルで重力の影响を感じることで増殖、分化していけるわけですから、人间の身体にとって重力というファクターがいかに重要であるかが分かります。私は无重力状态で细胞の分化が抑制されるのであれば、その环境を利用して干细胞を培养して再生医疗ができれば面白いのではないかと思い、现在の研究をはじめました。今から15年ほど前のことです。
细胞の培养は数时间から数日はかかるため、上空から気球を落下させることで无重力状态を再现する方法では时间が足りません1。そこで発想の転换で无重力状态を作り出そうと思い、重力制御装置「骋谤补惫颈迟别?」(グラビテ※下図)をつくりました。地球上にいる以上、重力はかかりますが、重力ベクトル(方向)を时间轴で分散させ上下左右に360°回転させることによって、无重力に近い状态をつくり出す装置です。また単轴で回転させると远心力を使って过重力环境も作り出せます。この装置で无重力状态を作り、干细胞を培养した结果、干细胞を未分化のまま大量培养することができました。今后、临床试験を行っていく予定です。また、2年后の国际宇宙ステーションを使った再生医学実験に向けての準备を进めているところです。この宇宙実験は、真の宇宙と模拟环境で作る无重力环境、そして地球の1骋を比较することで、干细胞の未分化维持と细胞移植効果のメカニズムを解明する国际プロジェクトです。
これまでは根治疗法をめざす再生医疗には、リハビリテーションは必要ないといわれてきたのですが、临床治験がはじまると、リハビリテーションの重要性が认知されるようになってきました。私の研究室の主なターゲットにしている中枢神経系の再生医疗では、干细胞移植により麻痺は回復倾向を示すのですが、完全な机能回復には损伤を受けなかった既存の神経ネットワークを再构筑する必要があり、そのためのリハビリテーション技术の开発が必要です。
そこで再生医疗研究と并行して、埼玉大学?田中英一郎准教授との共同研究で、リハビリテーションで使われる歩行补助ロボット「搁别-骋补颈迟别」(リゲイト)の开発にも取り组んできました。歩行の困难な患者さんに歩行を补助するロボットを装着することで、患者さんの歩行をサポートし、自力で歩けるようにしていくものです。従来のロボットは重くてガンダムの様に全身に取り取り付けるようなものが多かったのですが、軽くて服の下に隠せるような1kg以下のスリムなロボットを开発しています。県立広岛病院のご协力で临床研究をしていますが、脳卒中片麻痺の外転歩行や骨盘引き上げ歩行等の异常歩行がロボットを着けると改善し、正常な歩行が出来るようになります。重力制御装置による干细胞の未分化大量培养と干细胞移植后のロボットリハビリテーションを组み合わせて、再生医疗のセンターを作ることを推し进めています。
1たとえば闯础齿础で行われるような気球落下実験では、10秒から20秒のあいだ无重力状态を作り出すことができるが、无重力の时间が短いため细胞実験にはむかない。

写真:グラビテ

研究をはじめたきっかけ- 「人類のために貢献できる」とイメージングしてしまった

米国シアトル大学とカナダのアルバータ大学へ2年间留学していました。大学の図书馆は、ハリーポッターの讲堂の様な感じ(※下図)で、私はここに座っていて勉强と时に仮眠もしていました。人类の知が詰まっている歴史ある図书馆で、ある日ふと颜をあげて天井を见たら、その荘厳な雰囲気が私に「自分は人类のために贡献できるかもしれない」とイメージングさせてしまったのです。この壮大なイメージングを契机に、现在行っている研究をはじめました。
カナダ留学先の教員がNASAの研究者だったので、運命の出会いと思い、毎朝先生に「Take me to NASA!」と頼み続けてNASAジョンソン宇宙センター連れて行ってもらいました。その後NASAの研究プロジェクトにも参加することになりました。それまではスペースシャトルは夢の乗り物だと思っていました。確かにそうなのですが、実際間近に見て触ってみると、電子レンジと同じような電化製品の巨大な塊だと思えたのです。もしその時に宇宙、NASA、スペースシャトルと恐れおののいていたら、そこで終わっていたかも知れません。夢を叶えるためにはあまり難しく考えず、簡単に考えて、まずは行動すれば何でもできると思います。

写真:奥行きのある図書館

研究を継続する上で大切なこと-趣味の时间を持つ

研究は好きでないと続かないので、研究以外で自分の趣味や好きなことが出来る时间を持つことが大切なのではないでしょうか。私の场合、一週间単位で自分のやりたいことを考え、その时间を持てるようなスケジュールを组みます。私の场合は、週に一回は必ずテニスができるようにスケジュールを组めるよう调整します。また、昔ジャズピアノをしていたので、ピアノの键盘に週に一度は触ります。そうすればつらいことや上手く行かないことがあっても救われる时间、自分と対话する时间が出来ます。
人生必ずしも楽しいことばかりの人生ではありませんが、だからといって10年后の将来気にならないようなこと―些细なことやつまらないことを気にする必要はありません。自分にとって大切なことを一つだけ见出し、そのことだけを追求すれば十分です。人间はたった一つ特技や优れたものがあれば生きていけるのだから、それを大切にすればいい。沢山抱えてしまうから结局何もできなくなってしまうわけで、不満は山ほどありますが、これはこれ、あれはあれ、と分けて考えられる「気にしない」自分をつくることが大切です。それから、人间一つ何かを得ようとすると、何かを捨てなければなりません。若い顷はあれもこれも抱え込んでしまって首がまわらなくなってしまうので、ズバッと捨てる覚悟が必要だと思います。十年に一回全部捨てるくらいが理想です。捨てて、捨てて、それでも好きでやっていることが本当に自分のやりたいことだと思います。

研究室の特色 ―「自由」です

学生には自分の好きなことを研究させています。自分がやりたいと思ったことでないと长続きしないからです。はじめの何ヶ月かは同时にいくつかのテーマを选び、自分がどんなテーマで研究したいか、どういうテーマが合っているかということをじっくり考えさせます。テーマ决定もその后のテーマ変更も、学生达の自由意志で决めてもらいます。大学院生达には研究のことだけでなく、研究の助成金についても自身で取って来られるようにしています。ただ研究は、ずっと顺调に进むことはありませんし、うまくいかない时もあるので、そういう时は研究の方法などについてアドバイスするようにしています。研究室には海外からの学生さんも来ますし、ゼミには共同研究者の先生方にも来て貰っています。弓削研究室では、ゼミは週叁回、细胞班と脳班に分かれてのゼミと全体ゼミとをそれぞれ行います。研究の进捗について発表してもらい、研究の妥当性や方向性を教室全体のコンセンサスを得て进めて行きます。お互いに役割分担も行えるので互いにサポートしながら研究が进みます。
学生に対して心掛けているのは、学生达にとってためになると思う学会、それから海外の学会には极力连れていくということです。例えば狈础厂础の学会は、学生をとても大切にする学会で、中高生にも発表の场が与えられます。そういう学会は学生达にとって自分と世界を考える上で良い刺激になります。夏のキャンプやバーベキューといったレクリエーション行事も行います。研究质全员で同じ釜の饭を食べて亲睦を深めるということは昔から大切にしてきました。こういった活动は企画から宿の予约、パンフレット作成まで学生が自主的にやってくれています。

写真:弓削先生の研究室メンバー

学生へのメッセージ?今后の展望

芸术と研究は似ているところが多く「自由」というキーワードは重要です。常识的な时间はあるとは思いますが、好きな时间にラボに来て好きな时间にラボから帰れる、週1回の进捗発表に向けて自己管理しプランニングをさせる。そういう风に何の制限もなく自由に仕事ができるのは、芸术家と研究者だけだと思います。加えて研究とは自分がやらなければ进まない、极めてプライベートで自主的な世界です。自分の研究を自分のやり方次第で楽しいものにしていくことが、研究者人生を送るうえで重要であると思います。また研究者は国境を超えて自由に研究ができるという人生のプレゼントもあります。
私は论文を书くための研究をするのではなく、人の役に立つ研究をしようと思い研究者になる道を选びました。大学発ベンチャー公司を立ち上げた目的は、自分たちの研究成果や技术を早く世に出して広めることにあります。ベンチャー公司の企画、运営に一部関わるだけでも大変ですが、やりたいことは山ほどあります。国内の协同関係にあるベンチャー会社と话し合っていることの一つに、返済义务のない奨学金制度を作ることが挙げられます。先进国の日本において、経済的理由で勉学を断念する若者は多くいます。私は返済义务の无い留学奨学金をもらえたことで今の自分があるので、それを未来の研究者に返していけたらと思っています。
研究者としての実力は、地道なデータの蓄积によって身につけられるものだと思います。粘り强く研究を続けているうちに、科学的?理论的に「これがホンモノだ」という感性を得られるようになります。そういう感性は研究者や芸术家でないと味わえません。「感性」は、外界からの刺激を受け止める能力を意味します。美术馆やコンサートに行って本物の絵画や素晴らしい音楽を聴いた时に味わえる鸟肌が立つような感覚を受け止めることです。その感性を仕事の中に反映させられるのは、研究者の世界ならではだと思います。私の教室の研究に兴味があれば是非ご参加下さい。皆さんの広岛大学は、スーパーグローバル大学创成支援トップ型に採択された国内13大学の一つです。夸りに思い顽张って行きましょう。

写真:弓削先生

取材者:加川すみれ(文学研究科 人文学専攻 日本?中国文学語学コース 博士課程前期1年)


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